「もともとは自宅でやっていたんです。でも、お客様が増えてきて車の出入りも多くなってきたので」
今回ご紹介するのは、そんな変化をきっかけに、自宅から場所を移してオープンしたトリミングサロンです。
移転先となったのは、ご主人のお父様が所有していた建物。以前は店舗や社宅として使われ、その後は倉庫のような状態で、約20年もの間ほとんど使われていませんでした。
昔ながらの平屋の建物と、長いあいだ眠っていた空間。
「ここを改装して使えないかな」。そんな思いから、今回のリノベーションは始まりました。
自宅サロンから、今の仕事に合った場所へ
オーナーは、もともとはご自宅の一角でトリミングサロンををされていましたが、お客様が増え、車の出入りなども増加。仕事を続けていくうえで、少しずつ「自宅とは別の場所が必要」という状況になっていきました。
そんなときにふと頭をよぎったのが、お父様が所有していた空き家でした。店舗や社宅として使われていた時期を経て、会社関係のものを置く倉庫のような状態に。長らくほぼ使われていない「空き家」となっていました。
トリミングサロンとして見ると、ちょうどいい広さがあり、建物のもともとの高低差なども活かせる。トリミングをするスペースと受付などを配置し、仕事のための場所へとつくり変えていきました。
古い建物を一度壊して新しくするのではなく、そこに残っている特徴を活かしながら、今の仕事に必要な機能を加えていく。長らく眠っていた建物が、新しい仕事の場所としてもう一度動き始めました。
「ワンちゃん」と「飼い主様」、そして「働く人」が見える設計
今回の空間づくりで、オーナー様が特にこだわったのが、「窓」です。
一つ目の「窓」は、入店すると右側の壁の下部に配置された小さな窓。
トリミングを終えたワンちゃんは、トリミングスペースで飼い主様のお迎えを待ちます。そして飼い主様が来られたら、ワンちゃんと飼い主様双方からお互いの姿が見えるという仕掛けになっています。
取材当日は、この窓からオーナーの愛犬・ジル君がなんとも愛らしい姿を見せてくれました。これはたまりませんね!ただただかわいいの一言に尽きます!
次にトリミングスペース内の「窓」。スペース内の窓の配置にはとても配慮されたそう。大きくしすぎると、ワンちゃんが周囲を気にしてトリミングに集中できなくなってしまう。しかし、閉鎖的だと、飼い主様にとっては「中で何をしているのかな」と不安を感じることもあるそうです。
そして3つ目の「窓」、それは、シャンプースペースから受付エリアが見える「窓」です。
トリミングの中でも特に手を離せないのが、ワンちゃんのシャンプー中だそうです。そのため、シャンプーをしながら「誰かが入ってきた」「お客様が来た」といった受付側の状況を確認できるようにしています。「シャンプー中です」と周囲に伝えられるような視認性を確保することは、一人で運営することを想定していたからこそ、とても大切なことでした。
こうした、見た目だけでは分からない、実際にそこで働く人にしか分からない不便。今回のリノベーションでは、日々の仕事の動きから空間のつくり方を考え、ワンちゃんも飼い主様も、そして働く人も、安心して過ごせる空間になりました。


「もったいない」を超えてつくった、雨の日の軒下
また、このリノベーションで一番印象に残っていることを伺うと、「建物の前につくった軒下」とのこと。「”大正解だった”と思っている」と話してくださりました。
実は当初、オーナー様は軒下をつくることは、少し「もったいない」と感じていたそう。軒下をつくれば、その分だけ室内や周辺のスペースが狭くなるからです。
「ここにケージを置けるんじゃないか」
「少しでも広く使いたい」
そう考えるのは自然なことです。
けれど、美想空間は「絶対これにしたほうがいい」と提案しました。
理由は、雨の日のお客様の動きを考えたから。
トリミングサロンには、もちろんワンちゃんを連れて車で来られる方が多くいます。雨の日に、ワンちゃんを抱えながら傘をさして、車から建物まで移動するのは大変です。
そこで、車を建物のすぐ横まで寄せられ、そのまま屋根の下へ入れる動線をつくりました。
完成してみると、その便利さを実感。
「雨の日とか、やっぱり嫌なんですよね。ワンちゃんを抱えて、傘さしてっていうのは」
車をどこから入れても余裕を持って動けること、駐車が苦手な方でも安心できるスペースを確保したことも含めて、サロンを利用するお客様の目線に立った計画になっています。
「もったいない」と思ったスペースが、実はお客様にとって大切なスペースだった。
リノベーションでは、広さを最大限に使うことだけが正解ではありません。そこで過ごす人にとって何が必要なのかを考えることが、結果として使いやすい空間につながります。


空間の表情をつくる、塩田さんの木の仕事
そして、このサロンを語るうえで欠かせないのが、ご主人・塩田さんの存在です。
今回の空間では、トリミングをするうえでの機能性をオーナー様が、空間のデザインや造作をご主人・塩田さんが担いました。
木製建具、窓枠、カウンター、入口のゲートなど、随所に塩田さんの仕事が入っています。
特に印象的なのが、入口に設けた木枠のゲート。既製品のゲートにありがちな「いかにも製品」という雰囲気を避け、建物の空間に合わせて塩田さんがオリジナルで製作されました。
カウンターも塩田さんのこだわりが詰まった造作のひとつ。立ち上がりのつくりや木の表情が印象的で、実際にお客様から「このカウンター、素敵ですね」と褒められることもあるそうです。
トイレスペースのアーチ部分も、時間や予算の都合から当初は難しいと言われていたものを、塩田さんご自身が型をつくり、その上から左官で仕上げることで実現しました。
こうした「既製品ではなく、その場所のためにつくる」という仕事が、空間に独特の表情を生んでいます。

美想空間と塩田木材工業。信頼できる職人とつくるリノベーション
実は、塩田さんは『塩田木材工業有限会社』の代表を務める木工・建具の職人です。美想空間にとっても、長く一緒に仕事をしてきた大切なパートナーのひとりです。
塩田さんがつくる建具は、美想空間のお客様からも人気が高く、「少し奮発してでも、この建具を入れたい」と採用されることも多いのです。
既製品にはない素材感や、空間に合わせて細部までつくり込めること。そして何より、実際の空間を見ながら「ここにはこれがいい」と考えてくれる職人がいること。今回のサロンにも、そんな塩田さんの仕事が随所に生きています。
デザインする人、使う人、つくる人。それぞれの視点が重なったからこそ、この場所ならではの空間ができあがりました。





古い建物を、もう一度「使われる場所」へ
完成から約3年。
長く使われていなかった建物は、今ではワンちゃんと飼い主様が訪れるトリミングサロンとして使われています。
「こんなことできるんや」
工事の途中、もともと室内だった場所に新しい壁ができたとき、オーナー様はそんな驚きを感じたそうです。大きくデザインを変えられるとは思っていなかった建物が、仕事に合わせて少しずつ姿を変えていく。それは、リノベーションだからこそ生まれる面白さかもしれません。
古い建物をただきれいにするのではなく、その人の仕事や暮らしに合わせて、必要なものをつくり、不要なものを見直していく。そして、ときには「もったいない」と思うものを手放してでも、そこで過ごす人にとって本当に必要なものを残す。
美想空間はこれからも、建物だけを見るのではなく、そこではじまる仕事や暮らし、人のつながりまで見つめながら、既存の建物に新しい役割をつくっていきます。
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